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3.土地利用調査報告(2)調査結果
2)土地利用面積の変化
a)土地利用項目別面積の変化
「1951年」の霧多布地域の土地利用は、全面積約163km2のうち「森林」が約89km2で約55%を占め、続いて「湿地」が46.8km2で約29%、次いで「荒地等」が15.3km2で約9%を占めていました(図-5、表-3)。 ![]() 図-5 土地利用項目別面積比率の変化
一方、「2000年」になると「湿地」の面積が約11.6km2(46.8km2→35.2km2)減少し25%減(1951年比)、「荒地等」も約2.3km2減少し15%減となっています。反対に「都市集落及び道路・鉄道等」が約5.6km2増えて約3倍、「畑地・果樹園等」の面積が約6.5km増えて約2.8倍となっています。
b)湿地面積の変化
「1951年」から「2000年」までの間でもっとも減少率の大きいのが「湿地」です。「湿地」から他の土地利用区分への変化に着目したグラフが図-6です。 「湿地」の減少分11.6km2のうち約80%の10.5km2が「森林」に変化しています。その多くは、「1951年」時点では、湿原の周辺部や根釧台地を開析する谷底平野の谷奥で湿地となっていたものが、「1981年」には森林に変化したものです。変化項目として「森林」に次いで大きいのは「都市集落及び道路・鉄道等」で、約1.6km2が市街地や港等に変化しています。続いて約1.0km2の「荒地等」となっています。湿原の辺縁部や谷奥の湿地から森林への変化は、自然植生の遷移が要因として考えられますが、海岸部の湿地の減少は都市集落や港等への人工的な変化です。 また、1951年以降の「湿地」から他の土地利用への変化のほとんどは1951〜1981年に起こっています。図-6では1951〜1981年の30年間で「湿地」の約30%が他の土地利用に変化しており、年率1%の急激な土地利用の変化があったことを意味します。一方、1981〜2000年までは湿地面積はさほど減少しておらず湿地の量的な減少に歯止めがかかっていることが窺えます。 ![]() 図-6 湿地の変化
c)土地利用項目間の変化
土地利用項目間の変化を表-4、表-5に示します。 1951〜1981年は、「湿地」から「森林」へ10.9km2の土地利用変化が特筆されます。 1981〜2000年は、「森林」から「荒地等」「湿地」へ、また逆に「荒地等」「湿地」から「森林」への土地利用変化が1km2以上あるのが比較的大きな変化で、他の土地利用変化は小規模です。 また表-4、5の土地利用変化マトリクスに基づいた霧多布地区の主要5項目の土地利用変化の相関を図-7(1951〜1981年)、図-8(1981〜2000年)に示します。主要5項目間の矢印は、0.05km2年以上の土地利用変化速度のあるものを図示しています。
表-4 1951年から1981年への項目間の変化
![]() 表-5 1981年から2000年への項目間の変化 ![]() ![]() 図-7 主要土地利用変化の相関(1951〜1981年) ![]() 図-8 主要土地利用変化の相関(1981〜2000年) 1951〜1981年では、「都市集落及び道路・鉄道等」が4km2、「畑地・果樹園等」が6.5km2と比較的大きく土地利用が増えています。「都市集落及び道路・鉄道等」が増えた要因は、「森林」「荒地等」からの居住地化です。また、「畑地・果樹園等」が増えた要因は「森林」を開墾しての農地化によるものです。「森林」については、伐採・開墾による「荒地等」への変化や居住地化や農地化への減少と「湿地」や「荒地等」からの森林化による増加で、「森林」自体の面積は2.7km2減少していることが明らかになりました。 1981〜2000年では、それぞれの主要5項目間で1951〜1981年ほどの大きな土地利用の変化はありませんが、「湿地」「森林」「荒地等」の間で0.05km2年以上の土地利用の変化が見られます。「森林」と「荒地等」の間では、1951〜1981年と同様「森林」の伐採・開墾による「荒地等」への変化、また「荒地等」の森林化による「森林」への変化が見られます。 さらに、「湿地」の森林化も進んでいますが、1951〜1981年の間には見られなかった「森林」の「湿地」への変化も見られ、「荒地等」や「湿地」への変化による減少分と「荒地等」や「湿地」からの変化による増加分が相殺され、「森林」自体の面積はわずか0.6km2のみの減少となり、全体量はほぼ変わりない結果となりました。 |